おむにバス

自転車をはじめ、様々なお役立ち情報等を発信するページです。

僕が、クロスバイクで東京から仙台まで走ろうとして、凍死しそうになったハナシ

私は、仙台の出身である。
大学が東京都で、大学1年の秋頃に自転車を趣味としてはじめた。

自転車を趣味としたきっかけが「仙台まで自転車で走ってみたい」だった。
そして、大学1年の終わりに差しかかり、ついに挑戦に至った。

2016.02.29 17時 家(日野市)出発


夕方5時に出発した。

この時間に出発したことに、特段の理由はなかったと思う。

ルートについては事前に調べて、紙にメモしておいた。
大雑把に言えば多摩からさいたま市方面に抜けていって、
埼玉県北部で国道4号に合流、あとはひたすら直進するルート。

しかし、冬の5時であり、家を出る頃にはかなり暗かった。
そうそう都合よく街灯があるわけでもなく、
メモの書き方が悪かったのもあって、走りながら見える代物ではなかった。
毎回信号を右左折するたびに停車して確認しなおすのは
結構フラストレーションが溜まった。

大学生は万年休日みたいなものだが、世間はこの日、普通に平日だった。
府中街道等は道が細い上に帰宅ラッシュで全然進まず、かなり難儀した。

2016.02.29 19時頃 埼玉県へ


f:id:GOTTANI:20200510095652j:plain


もう完全に陽が落ちて、真っ黒になって埼玉入り。
そのまま、北上を続けた。



浦和を過ぎると、料金所が出てきた。新見沼有料道路というらしい。
自転車も20円かかるとのことで、後ろのリュックから財布を取り出し、
10円玉2枚を投入して進んだ。

f:id:GOTTANI:20200510105125j:plain


www.google.com


しかし、このあたりで雨に見舞われてしまった
本降りまではいかなかったがうっすら濡れてしまう。
服装は、当時まだサイクルウェアを使っていなかったため、
その辺にあるジャージだった。
速乾ではないため湿って重くなり、動きが悪くなった。

2016.02.29 9時半頃 国道4号入り

 
すでに結構疲れていたが、夜もかなり遅くなってきた頃に、
春日部市から国道4号に。

ここからは、ひたすら直進となる。

しかし、想定が甘かった。
一桁幹線だから街灯くらい整備されているだろうと思っていたが、
実際は飛び飛びにしか点灯されておらず、ほぼ真っ暗な箇所も。

当時使用していたフロントライトはキャットアイ製の一番安いもので、
時速30km近くで走っていると、路面はろくに見えなかった。

ついに段差に突っ込み、まさかのフロントライト、吹っ飛ぶ

慌てて停車し、拾いに行くが、なんと固定部分が中破。
完全に固定できなくなったわけではないが、かなりグラつくようになってしまった。


加えて荷物を全て背負っていたため、
100kmも走っていないのに体の節々が痛みはじめた

ツーリングをする人が極力荷物を背負わないと決まって言う理由が、
このとき初めて理解できた。

f:id:GOTTANI:20200510105154j:plain


フロントライトが不安定なので、時速10km強でゆっくり手探りの前進。
ほどなく道の駅"ごか"にたどり着いた。

2016.02.29 22:30 道の駅"ごか"到着


f:id:GOTTANI:20200510105229j:plain

すでに疲労困憊しており、加えて昼寝が十分でなかったため、
眠気も出ていた。
そのため、少し仮眠を取ろうと考えた。
机に突っ伏し、目を閉じてみる。

f:id:GOTTANI:20200510105415j:plain

しかし、気温は1度。
くわえて先ほどの小雨で濡れた服はろくに寒さを防いでくれず、
むしろ体温を奪っていった。

ついに悪寒がはじまった。
道の駅到着5分で、これは無理だと悟った。
そして、このままでは死に至る可能性もあると感じた。

このあたりでスマホの電池残量が怪しくなってきた。
寒さのせいでバッテリーの減りが想像以上に速かった。

最寄りの駅を探すためにGPSを使おうにも、
使ったらたどり着く前に電源が落ちてしまいそうで、
そうなったら朝まで地理不案内な中、彷徨うしかなくなる。

とりあえず前進することと決めた。
コンビニがあれば、温かいものを食べて多少は回復できるだろうという算段。

しかし、フロントライトの問題で、速度は出せない。
後から振り返ると大した距離ではなかったはずで、
時間もそんなに長くはなかったと思うのだが、
悪寒が止まらない身体には、永遠のように長く感じられた。

利根川で、強制的に側道に降ろされる。
側道が街灯全くなく、文字通り闇。
震災の時、停電したあの時みたいな感じだった。

湿気が高い雨上がりだったのもあり、
ドラマの殺人現場に出てきそうな雰囲気になっていた
橋の下をくぐって利根川に上がる。

残る体力を振り絞り、寒さをこらえて進む。
それ以外に道はない。



ひたすら続く闇のなか、左手に明るい建物がみえてきた。
近づくと、セブンイレブンだった。

冗談ではなく、神様にあった気分だった。
コンビニがあれほどありがたく見えたのも初めてだった。
これからもこんな経験は無いだろう。

2000円程度で味噌汁など暖かい食べ物を色々と購入し、
暖をとって再出発した。

2016.03.01 0時頃 セブンイレブン河北利根工業団地店 出発

流石に仙台まで走るのは、すでに諦めていた。
小山まで走り、そこから輪行して仙台まで行こうと考えた。

相変わらず寒く、
フロントライトの固定が怪しかったため徐行程度しか速度を出せなかったが、
30km近い道のりを気力で前進した。

f:id:GOTTANI:20200510105451j:plain

2016.03.01 4時頃 小山駅到着

午前4時を回って、遂に小山に到着した。

今更、モバイルバッテリーをコンビニで購入した。
しかし、乾電池式のバッテリーは、
充電が減らないように維持するくらいが精一杯であった。


まだ暗い小山駅で輪行準備をしていると酔っ払いの外人さんに話しかけられた。
昔は彼も自転車で旅をしていたと仰せだった。
彼女いるか?とも訊かれ、先方が若かった頃の写真を見せてきた。
居ませんと言うと、彼女を作ることの重要性を説いてくださった。

自転車で旅している若者を応援したいとのことで、
私に午後の紅茶を一本、おごってくださった。恐縮しつつ受け取った。
冷え切った身体に、天水といえる一本だったのは言うまでもない。
その後、彼は東京方面のホームへ消えていった。


輪行しようと考えるも、このタイミングに至って実家に電話したところ、
都合が悪いと言われてしまったため、仙台行きを断念した。
そのため、東京に戻ることとした。

しかし、宇都宮線上りは早朝でも乗客が多かった。
平日なので、当たり前といえば当たり前である。
輪行袋を載せていられる状況ではなくなり、下車した。
栃木県境にほど近い埼玉北部の東鷺宮駅。
コンビニで休憩してから30km気力で走ったが、輪行でほぼその距離を逆戻りした形。
何だったのかと思わずには居られなかったが、自転車を組み立てて再出発した。


強烈な西風に加え、
最短距離なら50km少々なのをスマホが満足に使えないことによる
ルートミスの連発で70km走るはめになり、文字通りボロボロになって帰宅した。

その後、夜まで死んだように眠ったのは言うまでもない。

教訓

この時の問題点は、簡潔に書けば

・天気予報を見てすらいなかった
・道の下調べとそれに必要な準備が不足していた
・トラブル対策が手薄過ぎた
・経験不足由来で、ペーシングやそもそもの装備に大幅に問題があった

といった点だったと思っている。
他人様に迷惑をかけずに済んで良かった、という一点に尽きる。

端的に言えば、あの時の自分は"バカ"だった。
バカをやった人間がこういうことを言うのも何だが、
生きていて多少の失敗はしていいと思っているし、
この体験も結果論として後に活きる、いい経験にはなっている。
しかし、自分一個の"バカ"で済まない可能性もあったのは事実で、
こういうことを繰り返してはいけないとは強く思っている。

この一件は、冒険と無鉄砲は違う、ということを
強く感じさせられた出来事だった。

この時の教訓を活かして再度東京→仙台に挑戦し、成功したが、それは別の話。
また改めて書こうと思う。