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【火災地震】かつての"関東大震災"と、想定される首都直下地震

 

連日地震が発生し、Twitterでは「首都直下地震」がトレンドインしています。

 

連日大きめな地震が発生したからといって、直ちに首都直下地震の前兆とは言えません。

しかし、今日、明日、発生する可能性もゼロではありません。

 

確実なのは"いずれ起こる"ということです。

今日、明日、何ヶ月後、何年後かは分かりませんし、災害としての規模が現実問題としてどれほどになるかはわかりませんが、この先何十年も東京に住んでいて、大きな地震を一度も経験せずに人生を終える可能性というのは、非常に低いものだといえます。

 

しかし、無闇に恐れる必要はありません。正しく恐れましょう

正しく恐れる、というのは、地震がもたらす被害の可能性を正しく理解し、どういう対策を取ればその被害に対処出来るのか、把握することです

 

地震に慣れた人にとっては不要だと思いますが、不慣れな人は、まず以下の記事をご覧ください。

 

gottani.hatenadiary.jp

gottani.hatenadiary.jp

 

さて。上記"発災編"でも書いていますが、東京で直近に起きた直下型地震で、かつ大災害をもたらしたのは、1923.09.01の関東大震災です。

最早100年が経過しようとしており、記憶として当時を覚えている人は皆無に近いでしょう。

日本史の教科書のなかの災害です。

教科書でも、被害自体については大きく触れられていません。

しかし、どんな災害であったか把握しておくことは、次への備えとして役立つものと思います。

 

①関東大震災の特徴

 

1.まず、基本的なデータ(括弧内は比較として、東日本大震災)

<年月日、時間>

1923.09.01 AM11:58 (2011.03.11 PM02:46)

 

<マグニチュード(地震の規模を示す)>

M7.9(M9.0)

 

<最大震度(揺れの大きさを示す)>

震度7(震度7)

※震度は7が最大。

 

<死者>

10万5385人(1万5899人:20.03.07時点)

 

<家屋:全壊>

29万3387棟(12万8530棟)

 

当時の日本は大正時代です。

1905年の日露戦争に勝利し、1910年代中後半の第一次大戦でも戦勝国の側にいました。

 

この地震自体が遠因として挙げられますが、日本が太平洋戦争にまで繋がっていく、通称15年戦争に足を突っ込んでゆくのは1931年からです。

 

1923年時点の日本は、銀座のモガの写真が象徴する、平和な社会でした。

そんな、アジアで最も成功した近代国家の首都を襲ったのが、この関東大震災でした。

 

2.被害の特徴

 

この地震、焼死が多かったことを特徴として挙げられます。

上記時間のとおり昼食の前にあたる時間で、

密集した木造の家屋を起点に同時に火災が発生し、断水もあって消防のキャパシティを超えてしまったといいます。

また、強風が被害をさらに拡大させました。

火災により、当時の東京市の43%程度の面積が被災しました。

 

東京は江戸時代から何度も大火に見舞われていたため、延焼を防ぐ街づくりは江戸時代から進められてきました。

対策の効果により、明治時代には、江戸時代のような大規模な火災は減少しています。

そして、消防の備えは世界でも一線級のものを持っていました。

それにして、この被害です。

 

あまりにも有名な例では、被服廠跡地の被害でしょう。

本所(現:墨田区)横網町=両国国技館付近には陸軍の被服工場がありましたが、1923年時点では移転しており、広大な広場となっていました。

この広場を絶好の避難場所として、約2万坪に4万人近くが避難しました。

そこに、火災旋風と呼ばれる竜巻のような現象が発生し、避難された方の家財道具などが延焼することで、

3万8千人もの人が、被服廠跡地のみでお亡くなりになりました。

火災旋風については未だ原因が明確にはなっておらず、研究が続いています。

 

また、火災のイメージがあまりにも強い震災ですが、土石流による被害が大きかった震災でもあります。

小田原市では406人が土石流によりお亡くなりになっています。

震災の2週間後に豪雨が発生したことにより、被害が拡大しました。

 

津波も、小田原では本震の5分後に、5-6mの高さで襲来したといいます。

伊東・熱海・鎌倉など、静岡県〜湘南海岸で大被害が出ています。

東京湾は1m程度だったとのこと。

 

②次の関東大震災では

 

日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)

日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)

  • 作者:小松 左京
  • 発売日: 2005/12/06
  • メディア: 文庫
 

 フィクションですが、小松左京氏の「日本沈没」。

首都直下型地震で破壊される東京が描写されます。

なんとなくイメージが湧かない人は、よかったら一読してみてください。

(上下巻で、ゆっくり読んでも半日くらいで読み終わると思います。)

 

 

対策の基本は、最初に挙げた準備編・発災編の2記事をご覧ください。

次なる首都直下地震は、最悪の場合、死者2万3000人と試算されています。

うち1万6000人が、火災による死亡との想定。

 

リンク先の「被害想定マップ」を焼失に切り替えると、主として23区外縁部、世田谷等の所謂ベッドタウンでドーナツ型に火災が発生することが想定されていることがわかります。

これらの地域にお住まいの皆さんは、火に巻かれないよう、対策を真剣に考えたほうが良いでしょう。

www3.nhk.or.jp

 

ちなみに、火災につぐ被害として想定されているのは、建物倒壊等(言葉通りの建物倒壊から、屋内での家具などによる被害まで含む)で、最悪の条件で6400人と試算されています。

 

皆さん気にされる津波については、東京湾内は大きな被害が想定されていません

しかし、"想定外"はあり得ますし、m単位の津波自体は想定されていますので、海沿いにいる場合は、ただちに避難しましょう。

 

火災については、個々人で発火させないことを心掛けるべきですが、地域レベルの火災になると、逃げるしかありません。

被服廠跡地の二の舞は皆無とは言えませんので、どこまで逃げれば安全か、あらかじめ考えておきましょう

 

建物については、自分がよく居る建物の築年数くらいは把握しておきましょう。

1978年の宮城県沖地震をきっかけに、1981年に耐震基準が見直されていますが、逆に言えば、これより古い建物は危険な場合があります。

個々の建物のつくりと維持管理しだいですが、建物自体を信用せず、外に逃げたほうがよい場合もあるでしょう。

 

また、家具は避難経路となる廊下を塞がないように配置するとか、倒れるのを防止する器具を取り付けるとか、そういう配慮も大切です。

 

③おわりに

情報自体は内閣府の資料メインで書いています。

しかし、その資料の情報を全てここに掲載している訳では勿論ありません。

情報はあればあるだけ良いので、この自粛期間に調べられるだけ調べてみるのも良いかと思います。