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政府「要請」に怖さを感じるのは、自分だけだろうか?

「出勤者7割減を要請」
「自粛要請」
ニュースに、そんな言葉が連日並ぶ。

たしかに、必要な措置なのだろう。
そして、自分の見る限り、国民は従順に従っている。

自分の感覚として、この国は個人主義が既に行き着くところまで行ったように思っていたから、今現在の国民の"自発的な自粛"については、日本人の美徳を見る思いがした、、、当初は。

しかし、よく考えてみた。
この"自発的な自粛"。
感染拡大防止を願ってのものである人がどれほどいるだろうか?

「非国民」文化が消えない国。
なんというか、そういう面が見えてしまう。

何を言いたいかというと、この"自発的な自粛"は、"批判を受けたくないから"という動機の人が、(少なくとも仕事関係では)ほとんどだろう、ということ。

あくまで行政のアナウンスはお願いベースの要請だが、出社させて感染させるとSNSであっという間に叩かれる。
そういう現代社会が、"自発的な自粛"に強制力を付与しているように見えてならない。

「この件で」外出を抑制することに、自分は賛成である。
それが感染拡大防止に有効なのは事実で、行政が"お願い"で喚起し、世論が生み出している"自発的な自粛"を強制するムードは、結果論として正しいと思っている。

だが、この"自発的"を強制できる雰囲気は、なにか、一歩間違えるととんでもない誤りに進んでいくようにも思えてしまうのも事実と感じる。

例えば、行き着く先で極端なものは戦争。
国家総動員法は現行憲法下では不可能だろうが、事実上同じことをするのは容易いと、今回の一件は示しているように思う。

今回で言う、行政の"お願い"のような、なにかしら大多数を方向づけするきっかけがあると、そこに事実上の強制力を与えるのが、バッシングを容易かつ強大に行えるSNSの登場で、かつてより余程簡単に行えるようになったと感じる。

行政の「要請」などという言葉は、むしろ法的根拠を孕んでいないために言いたい放題で、そこに危うさが見える。

「ロックダウン」のような措置は人権を強力に制限することから、発動要件の吟味は必要だろうが、行政の「お願い」というものの危なっかしさを思うと、むしろ"こういう場合にはこれを使う"を、早急に整備すべきだと思ったりする。