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【「不要不急の外出禁止」の対偶をとってみる】「不要不急」若者バッシングへの違和感。"不要不急"って誰が決めるのか?

中国・武漢での発生を端初としたCOVID-19、

通称「新型コロナウイルス」の勢いはとどまるところを知りません

(記事作成2020.04.05日曜日時点)。

 

感染拡大防止のため、この週末については、「不要不急の外出自粛要請」が、国・県・市の各行政トップからアナウンスされる事態となっています。

 

しかし、そもそも「不要不急の外出」とは何なのでしょうか?

 

①「不要不急」の意味

 

「不要不急(ふようふきゅう)」の意味や使い方 Weblio辞書

 

上記のWeblio辞書によれば、「不要不急」とは

重要ではなく、急ぎでもないこと」です。

従って、各行政トップがアナウンスしている「不要不急の外出を控えてください」は、言い換えれば重要ではなく、急ぎでもない外出を控えてくださいとなります。

 

一点、注意としては、「Aではなく、かつBでもない」という書き方です。

すなわち、論理式にすれば

重要急ぎ→不要不急

(バーの出し方不明なので取り消し線で代用)です。

対偶は真なので、

不要不急→重要∪急ぎ

となります。

(※ドモルガンの法則&二重否定は肯定)

日本語に直すと

「「不要不急でない(=不要不急にあてはまらない)」ならば、

「重要」または「急ぎ」である」となります。

 

つまり、「不要不急」の文言には「重要」「急ぎ」のどちらかを満たす場合、当てはまらないものと言えます。

 

 

②「重要」「急ぎ」の検討

では、「重要」「急ぎ」とは、何なのでしょうか?

2020年3月27日付けハフポストに、小池都知事の説明が掲載されています。

www.google.com

 

(以下、上記記事より引用。記事執筆時点の確認。)

今日この時間に必ず出ていかなければいけないのか否か、別の日に変えられることができるのかどうか、そこが判断につながるんじゃないでしょうか。

結婚式とかですね、そもそも卒業式・入学式、学校そのものが工夫をされたりしてますよね。

そういう形で、行動そのものを自分で判断して、今日この時間に行かなくちゃいけないかどうか、これをご判断いただきたいと思います。

(引用ここまで)

 

「じゃないでしょうか」で断定を避けつつ、説明を行っています。

「不要不急」の語義に即した説明だと思います。

最終的には「自分で判断してください」。

 

 

「重要」「急ぎ」の判断は、個々の価値観に委ねられています。

そして、上の検討のとおり、どちらかが認められれば「不要不急」には当たりません

 

花見で外出する、渋谷に遊びに行く、それが当人にとって、どれほど重要で急ぎなのか。

それは当人以外が評価すべきものではありません。

 

大富豪からすれば1万円は紙くず同然でしょうが、一般人の1万円は大金です。

人によって、物事の重要さの基準は大きく異なるものです。

 

花見だって、明日には花が落ちてしまうかもしれない。

その人が難病で、桜を見れるのは今年が最後なのかもしれません。

"急ぎ"を判断する上でも、当人以外には見えない事情というのがあります。

 

まず、「考えること」は自由です。

「行動に移した場合」も、それを糾弾できるのは「その行為が刑罰を定めた法規の構成要件にかかる場合のみ」です。

 

何故か?日本国は法治国家だからです。

 

ふつうこんなことやっちゃいけないってわかるでしょ、という主張は、法的に根拠を与えられなければ、他人に強制させる理由を持ちません。

その主張は、法に定められていない以上、日本国民の総意を得たものとはいえないからです。

 

 

③マスコミによる「若者バッシング」の怖さ

花見の若者、繁華街の若者にインタビューしている動画がたくさん、放送されています。

報道機関の意思は、多くの場合、そこに明言されていません。

 

しかし、それを受け取る側の大多数は、「行政が不要不急の外出自粛を要請しているこの時勢に、この若者たちは何をやってるんだ!」と思うのではないでしょうか。

しかし、その若者たちの行動を糾弾する法的根拠は、どこにもないのです。

また、先ほど述べたとおり、当人の事情は当人以外にはわかりません。

 

こんな主張を面と向かって行った時、報道機関はおそらく「いや、俺達はただ街頭の声を流しているだけだし」と、批判をかわしてくると思います。

報道機関の内心は伺いしれないため、それ以上の批判は不可能です。

これが「報道機関のやり方」です。

法が罰を与えない人間に対して、見る側の感情を誘導するような報道により、義憤による社会批判というかたちで悪のイメージを押し付ける。

 

自分としてはこの手の報道には、ああまたか、と思って見ているのですが、真正面から受容して「義憤」の嵐を起こしているような人を見ると、こうも人間は額面どおりに報道を受け取って煽られるものか、と見ていて空恐ろしくもなります。

 

 

この件に限らずですが、まっすぐ受容して義憤に取り憑かれる貴方。

マスコミの「意図」をよく見る習慣をつけたほうがいいと思います。

そのためには、反対側の主張もじっくり検討してみる事。

例えば、あなたが左翼なら、右翼の主張も一度黙って聞いてみること。

逆にあなたが右翼なら、左翼の主張もいったん静かに聞いてみること。

あとは、とりあえず目の前の主張を徹底して否定的に検討してみる事。

 

そういう手段をとった上で賛同して「義憤」であればいいと思いますが、大多数の人の「義憤」は、とてもそういう検討を積んだ上でのものとは思えません。

 

※この報道機関のやり方は、一概に否定できるものでもありません。

「法が追いついていない場合」に、報道機関がこのようなやり方で社会問題を提起して、立法されることは多々あるからです。

ただ、報道機関の主観に必ずしも賛同できないことと、すぐカッとなって"燃やす"人の危なっかしさを見ていると、このやり方とその反応は場合によっては危険だな、と感じる、ということを言いたいです。

 

④行政の対応

 前述のとおり、現時点では"お願いベース"です。

そのため、報道機関等による法的根拠なき若者バッシングなども"理不尽"といえます。

 

しかし、感染拡大防止の観点からは、対人接触を出来るだけ減らすような措置が望ましく、かつその措置を発動するのは早ければ早いほど望ましいだろう、というのは事実です。

 

ただし、自分の知る限り、所謂ロックダウン、すなわち徹底的に外出を封じるような都市封鎖を出来る法的根拠が現時点であるのか?という点については疑問符が付きます。

 

現時点での必要性、および今後同様の事態が発生した場合の対処の必要性も考えると立法が必要とも思われますが、基本的人権を大きく制約するものであるため、中々難しいといえるでしょう。

必要性と、発動要件=濫用の危険性のジレンマ。

個人的には立法が必要だとは思います。

仮に立法されるなら、どのように濫用を防ぐかという観点で、要件を深く検討することになるでしょう。

 

⑤自分の過ごし方

自分自身は外に出ることを要する重要な案件も、急ぎの案件もないため、大人しく一日中本を読み、ブログを書き、筋トレしています。

普段遊び歩いている貴方。たまには静かに書見というのもオススメですよ。