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【私見】授業でノートを取るのは無駄である!「キレイなノート」なんかいらない。

全国の教師に宣戦布告しているかのようなタイトルになりましたが、私見として授業でのノートテイクは不要だと思っています。異論は大いに認めますが、こんな意見もあるんだ、という参考にしてもらいたく、執筆するものです。

なぜ授業でノートを取ってはいけないか?

端的に言うと、(高校まででは)無意味だから。

だって、キレイにまとめたそのノート、なにに使うのでしょうか?

復習?だって同じこと教科書に書いてありますよね。

教科書は読みにくい?そうであれば、見やすい参考書を一冊用意すればいいだけです。

声を大にして言いたいのは、わざわざ貴重な時間を使って、教科書の(多くは劣化)コピーを作らなくてもいいということです。

そもそも、ライブ形式の授業は時間の無駄

ノートテイク大好きな人は、ノートは授業を思い出すキッカケとして有用、と主張します。
ですが、それ以前の問題として、「授業で勉強する」という事自体、無駄が多いということを自覚する必要があります。

単純に、口頭で話す速さは、目で読む速さの1/4程度です。
従って、授業は教科書と同じ内容を当たるのに、教科書を読むという行為の4倍、時間をかけている事になります。

授業しっかり聞きなさい派は、"授業には抑揚があって、先生は特に重要なポイントをピックアップして話している。平板な教科書を読むより理解しやすい"というような主張をされることが多いですが、それほど教科書が理解しにくければ参考書を用意すればいい話。参考書であればカラーで重点がまとまっています。

効率を突き詰めれば明らかに悪い「寺子屋方式」が令和の時代になっても滅びないのは、その方式そのものに今回自分が書いているような問題提起がそう大きくはされない事や、強制的に席につかせなければ勉強をしない子供への対処(憲法で、親には子供を就学させる義務があり、それを席につかせる事で担保している)という面があるでしょう。自分で勉強出来る人が必ずしも「寺子屋方式」に唯々諾々と従う必要は無いのです。

高校受験なら内申点も入ってきますが、大学受験は推薦以外については内申が一切関係ありません。何やっていても高卒資格さえあれば受けられます。先生に怒られる、とか気にしない事。だいたいマトモな成績とっていれば、多少授業態度が悪くてもそうそう文句は言われないものです。

じゃあ、授業時間何やればいいの?("先生"という存在の活用方法)

授業時間は、ひたすら問題集を解いてください。ノートなんか不要。最初っから問題集チャレンジでOKです。

「説明聞いてもいないのに、わからないよ?」なんて言わない。例えば数学なら、教科書を横に置いて、定理とか公式流し読みした上で、一度目はとりあえず解答を真似して書いてみる。その次は見ないで再現してみる。再現できてきたら、次は別の問題へ。目の前の授業は一切無視でOK(予習しておいて、どうしても分からなければ聞く程度)。

(歴史などの暗記科目なら、脳内耳栓モードで、可能な限りの速読で教科書を繰り返し読む。だいたい覚えたら、その後は用語集や問題集も入れて、教科書通読とセットで行う)

"先生"という存在の活用法は、「どうしてもわからない時に聞くこと」です。
英語・数学とせいぜい古文以外の科目で時折起こる程度だと思いますが、どう教科書読んでも分からない時。10分読んで意味不明であれば、大人しく聞きましょう。読んで理解できないものについては、聞いて「どこがわかってないか」を明確化してもらったほうが、理解までの時間を短縮できます。

まとめ

・時間対効果を大切に。ノートを取ることが目的化しないように。自分はノートを取る勉強法は好きではないし、無駄が多いと考えていましたが、授業ガン無視方式よりノートテイクのほうがメリットが大きいと根拠を持って考えるなら、そのやり方でも良し。 重要なのは、なにが目的で、なんでこれをやるかを明確化しておくことです。

では、頑張ってください。応援しています。